ハノンピアノ教本、あの「あとがき」を読み解く

ハノンピアノ教本「あとがき」

ハノンは「しつけ」だった

昨年(2019年)は、ハノン(本名:シャルル=ルイ・アノン)生誕200周年だったそうです。まったく盛り上がらなかったですね。私も気が付きませんでした。いつもお世話になっているのに申し訳ないです。

チェルニーの練習曲はまったく弾かない私ですが、ハノンピアノ教本(正式名『60の練習曲によるヴィルトゥオーゾ・ピアニスト』)の練習曲は、今でも3曲ほど取り出して弾いています。39番「スケール」、41番「アルペジオ」、52番「三度の音階練習」です。

スケールとアルペジオはピアノ演奏の基本動作なので、私にとって、運動前のラジオ体操第一のようなもの。私だけでなく、子どもの頃からのある種の「しつけ」として、疑いなく(いや、なんとなく)弾き続けているピアノ愛好家は多いのでは?

そして、ハノンの教則本のあの「あとがき」を、みんなずっと気になっているはず。

あとがき
 さて、みなさんはこの本全巻を学び“メカニスティックなむずかしさ”がよくおわかりになりました。けれども、本当に学んだことが実を結ぶようにするためには“一定期間”毎日この本全部をひかなければなりません。全部をひいても、たった2時間です。大きな実がなることを思えば、それはほんのわずかな仕事ですね。
 偉大なピアニストは自分の力が衰えないようにするだけでも、1日に何時間も勉強するのです。1日に1度この本全部をひきなさいといっても大げさなことではありません。

全音楽譜出版社『全訳ハノンピアノ教本』(翻訳:平尾妙子)より

このあとがき、読めば読むほど深いですね。沼です。

「メカニスティック」って何?

私、まず、気になるのが「メカニスティック」という言葉です。「メカニック」じゃないですよ。「メカニスティック」です。この形容詞、私、ハノンの教則本以外で見たことがないです。

「mechanistic」という単語を英和辞典で調べると「機械論的な」という意味になります(研究社 新英和中辞典)。「機械的な」ではなく「機械論的な」です。

じゃあ「機械論」っていったいどういう意味なのでしょう?

機械論(きかいろん、英: Mechanism、独: Mechanizismus)は、自然現象に代表される現象一般を、心や精神や意志、霊魂などの概念を用いずに、その部分の決定論的な因果関係のみ、特に古典力学的な因果連鎖のみで、解釈が可能であり、全体の振る舞いの予測も可能、とする立場。

Wikipedia「機械論」より

何が何だかわかりませんね。

にも関わらず、ハノン氏は「みなさんはこの本全巻を学び“機械論的なむずかしさ”がよくおわかりになりました」って、言い切るのです。

ハノンピアノ教本に出合ってまもなく半世紀になりますが、私、いまだにまったくわかりません!

毎日この本全部を弾け!って

で、「本当に学んだことが実を結ぶようにするためには“一定期間”毎日この本全部をひかなければなりません」です。

ここね、ここ!

私、素直な少年だったので、この言葉を真面目に受け取っていました。毎日、全曲やらないとピアノが上達しないのか!と。この呪縛にとらわれたピアノ少年・ピアノ少女はきっと多いはず。

その上でハノン氏は挑発的に畳みかけるのです。

全部をひいても、たった2時間です
……2時間が「たった」ですか!(なお「はじめに」では「全巻は1時間でひけます」と書かれています)

ほんのわずかな仕事ですね。
……毎日2時間弾くのが、ほんのわずかですか!

1日に1度この本全部をひきなさいといっても大げさなことではありません
……いや、大げさでしょ!

うーむ。

思うにハノン氏は、熱いキャラクターのピアノ指導者だったのでは?

レッスン開始時、生徒に「全曲弾いて1時間だよ!」と言いつつ、レッスン終了時「全曲弾いてたった2時間!」なんて言ってしまうような先生です。

学校にもいましたよね、そんな先生(運動部の顧問だったり)。

ハノン肖像画
ハノン先生の肖像画

【お願い】ブログランキングに参加しています。読んだらこちら(にほんブログ村へ)をクリックいただけないでしょうか。励みになります。