なぜ、“父と息子の男ふたり旅”が楽しすぎるのか?

ニューヨーク・ルーズベルト島
ニューヨーク・ルーズベルト島で

昨年春、一番下の息子が高校入学と共に下宿を始めるので、「最後の思い出に」とニューヨークへ出かけた。

ニューヨークの旅が終わり、翌日、息子が家を出て行くとしんみりした。

ところが、私も息子も、ニューヨーク滞在ですっかり“男ふたり旅”にハマってしまい、最後どころか、今年の年末年始はインドへ8日間、この夏はトルコに8日間、バックパッカーな旅に出かけてしまった。次はクルマで台湾一周を目論んでいる。

なぜ、息子とふたり旅が楽しいのだろう?

ニューヨーク親子旅
マンハッタンのスターバックスとバーンズアンドノーブルで

夫婦の旅よりも気楽

まず、異性(妻、恋人)との二人旅と違って、気遣いが必要ないこと。今の若いカップルはどうか分からないが、私のようなバブル世代のカップルの場合、旅の計画・進捗のマネジメントはたいてい男性に求められる。相手が年下の女性ならなおのこと、年上男性にリードを求めるだろう。

当然、男性は張り切る、頑張る。張り切り頑張りつつも、満足しているだろうか? 楽しんでいるだろうか? と、ちょっと心配になったりする。

ところが女性は、そんな男性が気にする領域とは違ったところで、女性ならではの体調管理のほか、トイレの問題、化粧の必要性等、特有のタスクがある。これら女性特有のタスクは、男性が気付かぬことが多い。これが女性にはストレスとなる。よって、男女が旅行先で四六時中一緒にいると、微妙にすれ違う。

そんな男女間のコミュニーケーション課題とは別に、社会的・文化的な課題もある。トルコ、インドネシア等、イスラム諸国を旅する場合、女性の立ち入りがはばかられる場所もあるし、そもそも夜の街歩きは危険が伴う地域もある。

やっぱり海外旅行は、女性よりも男性の方が身軽で気楽だ。

インド親子旅
インドの下町。男同士なので夜の街歩きも楽しい

男友達同士よりも気楽

男性同士の旅でも、私は男友達より「父・息子」の方がいい。「父・息子」で旅行する場合、親子、年功、費用の負担等、ある種の上下関係ができている。男友達同士のように、行きたい場所の選択、起床・就寝時間について、微妙に譲り合ったりすることがない(大人の男同士は主張し合うよりも、譲り合うもの)。

その点、父と息子、あうんの呼吸の上下関係が私は気楽なのかもしれない。

また、日本と違って、海外のホテルはダブルベッドの部屋が多い。男友達同士でダブルベッドで寝るのはちょっと気が引けるが、父と息子なら、まぁ、宿泊料がリーズナブルだということで納得できる。

親子でダブルベッド
左/インドで泊まったホテルの部屋はアヤしい雰囲気。右/エーゲ海近くにある女子好みのプチホテル

とはいえ、1週間の海外旅行なら、常時、息子と一緒にいるわけだが、同じ時間・空間にいても、なるべくベタベタしないようにはしている。空港や駅での待ち時間、私は私で読みたい本を読むし、息子は息子でスマホのゲームをやっている。機内で見る映画も別々。ホテルに到着した後、狭い部屋であっても過ごし方も別々だ。お互い無言の時間も多い。

ベッタリとしないよう、距離感は大切にしている。

男ならではの共通の趣味がポイント

私も息子も一緒に旅してお互いが楽しいのは、「歴史」という共通の趣味があることが大きい。男には男の「オタクスイッチ」のようなものがあり、ゲーム・鉄道・戦争等は最たるものだろう。確かに女性の鉄道ファン、ミリタリーファンはいるだろうが、私たちが大好きな合戦場跡・山城跡を訪れる限り、旅行者はほぼ男性ばかりだ。

ちなみに、合戦場跡・山城跡では、父&息子という同類項によく出会う。一方、女性の「母・娘」の場合は、宝塚歌劇、劇団四季の劇場に多いのでは?

インド親子旅
インドの下町の食堂。食事中、牛が物欲しそうに息子をじっと見ていた

私は大学時代、史学科日本史専攻だった。古今東西、歴史には詳しい。息子は中学生になった頃から、戦国武将に目覚め、土日は首都圏近郊の山城巡りをするようになった。

今回のトルコ旅行では、お互い、あらかじめ東ローマ帝国の滅亡を描いた塩野七生『コンスタンティノープルの陥落』を読んで出かけたので、三重の城壁跡まで出かけ、茂みの中をてっぺんまで登って、臨場感を持って語り合えた。

トルコ親子旅
トルコ・コンスタンティノープルの城壁跡に登る

ガリポリ半島の国道を長距離バスで通った時は、息子が(私が知らない)第一次世界大戦のガリポリの戦いについて語り出し、のどかなヒマワリ畑が広がる地が、実はイギリス軍とトルコ軍の激戦地であったことを知った。

一方、エーゲ海を望む風光明媚なローマ時代の遺跡を訪れた後、海の向こう10キロほど先に見えるレスボス島に向けて、多くのシリア難民が船で渡って行く話をした。

トルコ親子旅
エーゲ海の夕景を眺めつつ、海を渡るシリア難民の話を

小さな子連れ旅行とは違って、さすがに高校生になると、一歩踏み込んだ会話を楽しめる。

楽観的でユルい旅のスタイルがいい

インド、トルコの個人旅行は想定外のことが多い。例えば、インドの鉄道は信じられないが、6時間から12時間、しばしば遅れる。「しばしば」は語弊ではない。定刻で到着するのは非常にレアだ。到着するホームも予告なく変更になる。

今回、トルコの旅では、長距離バスが停車予定のバスターミナルに立ち寄らず、ずいぶんと下車予定の街を通過した後、何もない田舎の真ん中でいきなり降ろされた。車掌は「ここで地元のバスを待て」と。数十分待ったがバスが来る気配はない。仕方なく、30年ぶりにヒッチハイクをした。

結果、地元のファミリーのクルマに乗せてもらったり、また、通りがかりの農家の女性の買い出しのミニバスで、目的地に向かうことになった。「なるようになるだろう」という楽観的なスタンスで、私も息子も想定外の事態を積極的に楽しめる方だ。

トルコ親子旅
トルコの田舎、親子でヒッチハイクをすることになるとは

これは私の主観かもしれないが、女性は「予定外」「想定外」を嫌う傾向を感じる。私は、旅先で面白そうな場所を発見すると、平気で旅全体のスケジュールを変更して出かけたくなる。1週間の旅なら、後半はホテルの予約をせず、旅先に着いてからネットで予約する。そういう「決めないこと」「行き当りばったり」について、女性は不安・不満を持つことが多いようだ。

男女間におけるこの感覚の差異については、村上春樹のギリシャ滞在記『遠い太鼓』で作家と奥さんとのやりとりがとても面白いので、ぜひ読んでください。

来年、息子は大学受験の準備に入る。もう一度くらい、一緒に海外ふたり旅ができるだろうか。さすがに大学生になったら、一緒に旅するよりも、1人で旅に出てほしいかな。


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