シューマンの本質に迫る! 村上春樹の短編小説『謝肉祭』

先日発売になった短編小説集『一人称単数』を読み終えました。

文芸誌『文學界』で、2018年7月から2020年2月に発表された7つの短編に加えて、書き下ろし1つが収められています。8つのうち3つ(『チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ』『ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles』『謝肉祭(Carnaval)』)が音楽にちなんだ作品となっています。

そういえば、長編小説『1Q84』発売時、作品冒頭で触れられたヤナーチェクの『シンフォニエッタ』のCD売上が、突然増えたできごとがありました。今ごろTSUTAYAやCDショップの店頭に特設コーナーができているかもしれません。

純粋な小説としては『石のまくらに』が一番面白かったです。ただ、シューマンの音楽の本質について、さすが!とうならせる筆致の『謝肉祭(Carnaval)』が、クラシックピアノ好きにはたまらないです。

主人公があるピアノコンサートで知り合った女性と食事に行き、たった一曲だけ無人島に持っていくピアノ音楽ならシューマンの『謝肉祭』と答えたことから、二人は意気投合。「謝肉祭同好会」を結成し、レコードやCDを聴くだけでなく、「どこかのコンサートで誰かがこの曲を弾けば、万難を排して一緒に聴きに」行くことになります。

とにかく、女性が主人公に語る『謝肉祭』の解説が圧巻です。ダビッド同盟もフロレスタンもオイゼビウスも登場させることなく、シューマンの音楽の本質を射抜いているのです。

『謝肉祭』はかなり初期の作品だから、ここにはまだ、彼の悪霊たちははっきりとは顔を出していない。カルナヴァルのお祭りが舞台だから、至るところに陽気な仮面をかぶったものたちも溢れている。でもそれはただの単純に陽気なカルナヴァルじゃない。この音楽には、やがて彼の中で魑魅魍魎となっていくはずのものが、次々に顔を見せているの。ちょっとした顔見せみたいに、みんなカルナヴァルの楽しげな仮面をかぶってね。あたりには不吉な春先の風が吹いている。そしてそこでは血のしたたるような肉が全員に振る舞われる。謝肉祭。これはまさにそういう種類の音楽なの

この作品は、ある意味では遊びの極致にある音楽だけど、言わせてもらえれば、遊びの中にこそ、精神の底に生息する邪気あるものたちが顔を覗かせるのよ。彼らは暗闇の中から、遊びの音色に誘い出されてくる

以上、ほんの一部を抜粋しました。

どうですか? クラシックピアノ好きなら、読みたくなったでしょ?

ところで、この小説に登場する二人。主人公はベスト盤としてアルトゥール・ルビンシュテインの演奏(RCA盤)を、女性はアルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリの演奏(エンジェル盤)を挙げていました。

私も『謝肉祭』はいろんなピアニストの演奏を聴いてきました。あえてベスト盤を選ぶと、中村紘子さんのアムネスティチャリティコンサートのライブ盤LPレコードです。

1983年、東京簡易保険会館でのライブ盤LPレコード

中村紘子さんは当時39歳。意気盛んなミドルエイジの頃の演奏は一聴の価値あり。華麗でつややか、それでいてちょっぴり毒をはらんだ引き込まれる演奏です。

このアルバムCDにもなっていないし、配信もされていない。何とももったいない。


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