バンクーバー五輪の報道に思うこと

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バンクーバー五輪昨年末にテレビが故障。音声だけで映像が映らなくなった。

私は、平日ほとんどの時間を仕事をしているので、家に帰ると晩御飯を食べて、お風呂に入って、ピアノを練習して、ブログを更新しておしまい。実際、ここ数年、テレビは日曜にNHK大河ドラマとNHKスペシャルを見るくらいだった。どうしても、見たいニュースがあれば、だいたいYouTubeかニコニコ動画を見ればチェックできる。子供も、テレビは放送番組を視るよりゲームをすることがほとんど。ちょうどいい機会だし、我が家は年初からテレビのない生活に移行した。

テレビのない生活がまもなく二か月。私は特に不便を感じていない。惜しいのは、大河ドラマ『竜馬伝』が見られないくらい。NHK大河ドラマだけは、日曜夜8時に視ないと気分が乗らないみたいだ。

テレビがなくなったことによる一番の変化は「世界のできごとが遠くなった」こと。戦争にしろ、災害にしろ、スポーツにしろ、情報をビジュアルと音声で訴えるのは大きい。バンクーバー五輪のニュースは、新聞やウェブサイトで追っかけているが、やはりテレビの中継を視ないと、遠い遠い国で行われているイベントに思える。

だからといって、テレビのニュースを視ると世界情勢が正確にキャッチできるわけではない。テレビの映像は、あまたある世界のできごとの中のほんの断片にしかすぎない。ほんの断片にしかすぎないことを、マスメディアは、あたかも大きなできごとのように編集・加工して伝えていることが多い。世界は、遠くから見る方が、全体を把握できることだってある。

例えば、バンクーバー五輪の報道だ。日本人の活躍、日本人が活躍できるであろう競技ばかりが伝えられる。日本人に向けた情報発信だから、ある程度は仕方がないとは思うけど、あまりにバランスを欠いているのでは? 新聞紙面の90%は日本人のニュースばかり。モーグルにしろ、ハーフパイプにしろ、金、銀、銅メダルを獲得した選手のプレーや横顔について、報道時間、紙面の半分でも伝えるべきだと思う。

世界的に重要な情報は、世界的に活躍する選手の情報なのだ。

私などフィギュアのキム・ヨナを気になるが、金・銀・銅、総なめしそうだった韓国のショートトラック、韓国とオーノの因縁対決とか、もっと報道してほしい。というか、五輪の花形競技って、アルペン、大回転でしょう。なんで、あまり報道しないの?

例えば、ショパンコンクールやチャイコフスキーコンクールの特集番組で、一位、二位の演奏抜きに、全体の90%の時間をとって、五位、六位の日本人の演奏ばかり聴かされたらどうだろう? 一位、二位の演奏、どうなっているんだ? と思うのが正常な感覚では。

五輪の報道は、やっぱりおかしい。

だが、実はクラシック音楽でもちょっと気になっている。前回のヴァン・クライバーンコンクールだって、辻井伸行君と同時に一位になったチャン・ハオチェン君の演奏は、日本では無視されたに等しい扱いだ。フェアじゃない。

私は、21世紀に入って、日本の社会全体が、自分たちだけの内向きなマーケットで、自分たちだけ内向きに盛り上がる指向がますます強くなっている気がする。

日本人の内輪だけで、内向きの報道を視て「ニッポンすごい!」なんて思っている日本人、日本社会は、はっきりいってカッコわるい。ダサい。

「ニッポンすごい!」というのは日本人自身が口に出すのじゃなく、外から言われるようになりたいものだ。

そのためには、外国人選手の活躍を知って、やっぱりドイツはスゲー! 今回、韓国どうなんってんの?と、外向きに盛り上がるカルチャーじゃないとダメだと思う。

スポーツも音楽も、経済も経営もね。

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