音大・美大の高い授業料を、親自身が納得して払える思考法(その3)

※このシリーズ、書きながら考えています。結論に至るまでもう少し時間がかかりそう。お付き合いください。先にその1その2をお読みください。

Image by Steve Buissinne from Pixabay

「コスパ(コストパフォーマンス・対費用効果)が良い、悪い」という表現は、仕事だけでなく家庭でもよく使われます。

この表現、私が社会人デビューした1990年代前半は、(会社経営層は別にして)一般的にあまり口にされていなかった気がします。バブル崩壊後、1990年代後半に経済のデフレスパイラルが進み、給与・所得が増えなくなった中で、一般ピープルの間でも「コスパ」という言葉が普及していったのでは(不確かではありますが)。

そもそも、コストパフォーマンスとはどのような意味でしょう。

支出した費用に対して得られた満足度の割合。

三省堂 大辞林 第三版

大学に納めるおカネをこの言葉に当てはめると、「(親が)大学に納めた授業料と入学までにかけてきた教育費に対して、得られた親の満足度」ということになります。

「満足度」というのは主観的で定性的なものです。

「子どもが有名な国立大学に入学した」「名の知れた企業に就職した」という結果に対して「自分の教育が正しかった」という自己満足を得る親ももいれば、大学生活での研究や部活動に関わる姿を日々見ることに満足を感じる親もいます。

仮に「子どもが有名な国立大学に入学した」という結果のみにフォーカスすると、中学・高校を公立校に通った場合、私立一貫校の場合では、前者がコストパフォーマンスがよいということになります(このあたりの話題は、雑誌・オンラインメディアの『東洋経済』『プレジデント』あたりが好きそうです)

しかしながら、私立校には私立校ならではの利点があります。同窓生の結束力が強い高校などは、お互いの出身校への帰属意識が強く、社会に出てから出身校の人脈をフックに新規取引に結びついた!なんてことは実際にあります。これぞ、経済的なパファーマンスですね。

ただ、実際に授業料を支払っているのが親の場合、ついつい忘れがちになってしまうことがあります。

それは、教育の主役とは、教育をさせる者ではなく、教育を受ける者にあるということ。教育を受ける者の「満足」とは、子ども本人が定義するもの。極論いうと、親の満足度が低くても、子どもの満足度が高ければ「よし」ともいえるでしょう。

結論として、子どもの大学の授業料のコストパフォーマンスなんて測れるものではないといわざるをえません。

ここは、一般大学であろうが、美術大学・音楽大学であろうが、同じでしょう。

その4に続く


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