2011年、初めてのレッスンを報告

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先週金曜は、今年初めてのレッスン。前回が12月22日だったので、ちょうどひと月ぶり。発表会が終わって、新曲二曲を持参。ま、いつも、初めて聴いていただくときは悲惨な出来なのだが、今日はことに惨憺たる内容だった。

最初にモーツァルト ソナタ ト長調 K.V.283。発表会では第1・2楽章を弾いた。今回、残りの第三楽章。古典派のソナタをバチっと一曲仕上げておきたいと思っている。

まず、前回の発表会から、一度しかスタジオに足を運んでおらず、グランドピアノに触れる機会がなかったので指の支えが効かない。クラビノーバではまずまず通せたのだが、タッチがふにゃふにゃ。ここは家に防音室ができる、あと半年の我慢だ。

次に、楽譜をよく見ると、四分音符とところを八分音符で弾いていたり、フレーズが切れているところをつなげて弾いていたり、譜読みが甘かった。師匠いわく「モーツァルトは原典のフレーズは、ちゃんと守らなきゃダメ」と。原因は、中学生のときにやった曲なので、何となく指が覚えていて、記憶をもとに弾いてしまっていることにある。再度、アナリーゼをやり直さなければ。

で、いつも指摘されることだが、小さなパッセージを弾くことに夢中でフレーズの大きなくくりを捉えていない、と。確かに、聴く側に立つと、流れが途切れ途切れでチマチマした印象になっているはず。

またも、いつも指摘されることだが、フレーズから次のフレーズへの「送り」をきちっとすること。そのためには、最後の音を弾いた直後に指が脱力していないと、次にスムーズに送れないこと。

要は、ずっとご指摘されていることが、楽曲が変わると生かされていないのだ。

これは痛い! 仕事でトロい部下にしばしば言っていることだ。「これ、前に言ったよね!」。イテテ。

あと、視界が開けた言葉が「この曲、オペラなのよね」。確かに! 特に第二主題はソプラノとテノール、それから合唱だわ。『フィガロの結婚』とか、楽しいオペラの場面を想像するとちゃんと理解できる。この楽章がドラマティックである意味がわかった。

もう一曲は、クープラン/クラヴサン曲集 第13組曲より「葦」。

これは、装飾音の入り方が拍の先頭に入っていなかった(入っているつもりだったんだけど)。先頭の拍にバシッと入れて、後は力を抜くようなイメージで、やり直す。こちらも、クラビノーバだと弾けたのが、グランドピアノでやると装飾音があやふやになってしまう。右手の装飾音、力を入れずにスムーズに弾ける指づかいを研究せねば。

左手は、ベースとなる音の流れを明確にすること。分散和音すべてを弾くのではなく、ベースとなる音を追っかけることが大切。左手だけで何度かやり直した。

最後に、夏のコンクールの曲を師匠に相談した。私のやりたい曲は、バルトーク「ルーマニア民族舞曲」、プーランクの「即興曲 第15番 エディット・ピアフを讃えて」、ラヴェル「ハイドンの名によるメヌエット」。

「バルトークは土臭さや泥臭さが必要だけど、うさぎさん、きれいに弾いてしまうから、プーランクがいいんじゃない」と師匠。ま、私「田舎のうさぎ、都会のうさぎ」でいうと、都会のうさぎなもので‥‥。「うさぎさん、フランスものが合っていると思う」とのことです。私も最近、フランスものに心が動いております。

「でも、新しい曲より、今のモーツァルトをしっかりやるのがいいんじゃないかしら。グランミューズの人って大曲を弾く人が多いけど、大曲を中途半端に弾くより、モーツァルトを美しくしっかり弾く方が印象がいいはずよ」と。

もとより、大曲に取り掛かる時間はございません。というわけで、夏のコンクールは、クープラン「葦」とモーツァルトのソナタ K.V.283、現在、攻略中のこの二曲で行きたいと思います。

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コメント

  1. より:

    モダンピアノ弾きは、装飾の小さい音符を拍より前出ししてしまう癖がある人がおおく(装飾のついている大元の音符で拍を合わせちゃうってことね)古典以降はそれでもまだいいのですが、バロックの場合は基本、装飾音の細かい音たちのその先頭が拍にonビートなんですよね。
    私も、いまだにこの癖が抜けきらず・・・新しい曲やるたびに困っています。

  2. 鍵盤うさぎ より:

    そうなんです。拍より前に、反射神経のように出してしまいます。長年のクセというのは、なかなか抜けないものですね。