疲弊し、自信を失い、閉じこもる中間管理職

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毎日、一応ちゃんと練習はしているのですが、先週からどうもブログを更新する気力が沸きません。

私の場合、仕事でもプライベートでもいい雰囲気のときは、どんなに身体が疲れていて、夜が遅くなってもピアノに向かえます。でも、トラブルを抱えたりして、気持ちが下降気味になるとピアノもだめです。ドラマで、主人公が失恋をして、楽器を無心に弾くシーンとかありますが、ああいうのは想像できないですね。気力がなくなると、何をするにもじゃまくさくなるし、気分がいいと何でもしたくなります。案外、みんなそんなものではないでしょうか。

ところで、下の記事を見て自嘲気味に共感しました。

疲弊し、自信を失い、閉じこもる――。不機嫌な職場に溢れるミドルの悲鳴(ダイヤモンドオンライン)

私は会社役員ではありますが、株主から見れば中間管理職のようなもの。そして、1991年に社会に出た、いわゆるバブル入社組です。

「個人情報保護やらコンプライアンス(法令順守)やら、本当に管理業務がどんどん増えて行く。評価制度も細かくて大変だし、優先度をどう考えればよいのかわからない」

「雇用形態が多様化し、パート社員や契約社員だけでなく、あらゆる部下の勤務時間や勤務日数がさまざまになり、個人ごとの管理が必要になっている。そのやりくりだけで大変だし、何かあったら結局自分がカバーするしかない。人は増やす余裕もないので、いつもギリギリの状態」

いやー、これ、オレのことじゃん。特にラスト、“何かあったら結局自分がカバーするしかない。人は増やす余裕もないので、いつもギリギリの状態”。

私が社会人デビューした1990年代前半に比べると、会社で働く人々がとても多様化したと思います。昔は「OL」なんて言葉でひとくくりにできたけど、そんな言葉はもはや死語。雇用形態、業務内容だけでなく、仕事の役割が細分化したし、働くことの目的も十人十色。

昔だったら、男は「結婚して、子供ができて、住宅ローンを返済して」という定型コースがあったし、女性なら、一般職で入社して数年後に社内結婚して寿退社なんて定型コースがあった。実際のライフスタイルはさまざまだったのだろうけど、心のどこかにそんな「定型」を気にとめていたのじゃないかな。

たぶんね、20年前にみんなが欲しかった「自分らしいライフスタイル」を追求する権利、環境が実現したのだと思うのです。一方、会社という場にかつてあった「協働に伴う心の相互保険」みたいなものが、喪失してしまった気がする。

ま、それでも、1990年代の職場環境と今とどちらがいいか自問したら、今の方がいいかな。年度末、部長が有給休暇を取得してピアノのコンクールに参加なんて、ありえなかったと思うし。