「チェロ族」と「ピアノ族」の違い

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チェロの会先週土曜、葉山に住む友人宅で行われた「チェロカフェ」という集まりにおじゃました。

友人は五年ほど前からチェロを習っている。自宅のリビングは二十数畳の広さがあり、小さなサロン演奏会を開くことが可能。同じ門下やミクシィで知り合った人たちが集い、ときどきアンサンブルを楽しんでいる。

この日は朝から晩まで、チェロ好き=チェロ族が入れ替わり立ち替わりで十数人が参加した。私は正午から夕方六時ごろまで滞在。過去10年間に耳にした合計時間より長く、チェロの音色に触れることになった。ちなみにピアノ族は、私を含めて二名が参加した。

私は、弦楽器系の人たちとお付き合いすることはめったにない。ジャズが好きなので、種類別だと「ギター>ダブルベース>バイオリン>チェロ>ビオラ」という順番で縁遠い。なので、今回、弓を持つ弦楽器の人々のキャラクターや特性を知るいい機会になった。

まず、「移動」。

今回、私は、湘南新宿ラインで逗子駅まで行き、バスに乗り換えて葉山に向かった。友人の自宅に到着すると、すでに家の前にはたくさんの自家用車が駐車してある。チェロ族の人々は、口々に「横横道路、混んでいたね」「保土ヶ谷バイパス、なかなか抜けられなかった」と語り合っていた。内心、「みんな電車で来ればよかったのに」と思っていたが、ここがピアノ族の考えが及ばぬところ。チェロ族は重くてでかい自分の楽器を運ばなければならない。チェロを抱えて電車に乗るくらいなら、渋滞はしてもクルマで移動の方がはるかに便利なのだ。

そもそも、自分の楽器を持ち運ばない民族の方が少ないのかもしれない。ピアノ族、オルガン族、それからドラム族くらい?

それから、「向き」。

チェロ族は、まっすぐ前を向いて演奏する。バイオリンやギター、フルートだって前を向いて演奏するけど、若干斜めになっている気が。まっすぐに前を向く楽器って、ボーカル、トランペット、クラリネット……。従って、チェロ族の演奏は、観客の視線を一身に受けることとなる。これこそ、ピアノ族との最大の違いだろう。私はステージに立つと、最初は観客の視線が気になるけど、演奏途中で気持ちよくなってくると観客の存在を忘れることがある。チェロのように、まっすぐ前に向いて演奏していたらどうだろう。視界に観客が入るのと入らないのとでは、プレッシャーの度合が違うはず。そういや、以前に「もし、ピアノが観客に向いて弾く楽器なら」って記事を書いたっけ。

で、「性格」。

チェロ族はアンサンブルが中心。よほどの技術的力量を備えた人でないと、バッハの無伴奏チェロ組曲なんて弾こうとしない。まず、アンサンブルありき。従って、チェロ族はみんな協調性があり、社交的だ。でもバイオリンのようにトップラインを歌ったりしないので慎み深い。要は「大人」なのだ。

一方、ピアノ族はソロが中心。アンサンブルが好きな人も、アンサンブルと同じくらいソロの演奏が好きなのでは? 私は、ピアノ族同士で一緒にご飯を食べるのが好き。だが、「じゃ、今度、みんなで演奏を聴き合おうよ」って空気になっても、「みんなで連弾や二台の曲を弾き合おうよ」って空気にはならない。ピアノ族は、心のうちで一人よがりなのだと思う。

黒光りするグランドピアノは美しい。私は、何よりその妖艶な容姿が好きだ。でも、構造的には打楽器なので、ピアノ族は生理的にアグレッシブになりがちに思う。メカニズムでいうと弦楽器は「bowing」、ピアノは「action」。アクションという響きからして、アグレッシブだよ。だからか、ピアノ族は、表面ではリベラルそうに見えても、心の奥底で負けず嫌いな人が多い気がする。一人で誰とも交わることなく、負けず嫌いな感情を心の内にため込んで、練習したりするから、精神的にあまり健康ではないかも。

ピアノ族は、「自分がすごく好きで、自分がすごく嫌い」、そんな矛盾を心の中で自己完結させている人が多いのでは。でもね、私はそんな矛盾と葛藤に満ちたピアノ族が、「とっても嫌いで、とっても好き」(笑)。

なので、私はチェロ族の男性とピアノ族の女性の結婚生活は、うまくやっていける気がする。チェロ族の女性とピアノ族の男性もいいかも。ちょっと子供っぽい男がバランスの取れた女性の掌で泳がされる、て感じ? 一方、チェロ族の男性女性同士は、成熟した人間関係なのだろうけど、何だかドラマ性に欠ける気が。で、ピアノ族同士の男性と女性は……お互いが「あなたがとても好きで、とっても嫌い!」の相乗効果で破滅的だったり‥‥。

「心の奥底に“破滅的な恋愛”を求めるチロチロとした炎を宿す、そんな自分が実はちょっと好き……」ってのがピアノ族ですね。

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