60代に向けて「個人力」を増幅せねば

満員の鉄道駅

私は未年の早生まれだが、同級生の多くは丙午で今年48歳になる。もうひと回りすれば還暦だ。私が12年後の60歳に向けて、ここ半年間漠然と考えていること。それは、会社や国家に頼らない「個人力」の増幅だ。

「いい野球選手が、必ずしもいい監督になれるわけではない」、これはプレーヤーとマネジャーについて語る際、しばしば使われる表現。

私の現状を正直にいうと、30代まではプレーヤーとしては打率3割をキープする打者だった。ところが、40代、監督、コーチとしてマネジメントやコーチングの能力が求められるようになると、どうも目立った成果が上げられずにいる。同じような悩みを持つ管理職は多いと思う。大企業は一般的に組織戦だ。どんなに優れた剣術の使い手でも、100人の鉄砲隊の一斉射撃には勝てない。

ただ、これは大企業に属する正規兵のキャリア観だ。弾薬や食料の補給が切れてたった一人になったとき、それでも戦い抜けるか? 生き抜けるか? ちょっと大げさだけれども、還暦までラスト一周のグラウンドを走るサラリーマンにとって、「個人力」こそ、これまで以上に大きな課題になると思っている。

成熟した日本において、20世紀のような経済成長はもはや望めない。人口が減少すれば国家の税収は減り、高齢者が増えれば社会保障の負担も増える。私が還暦を迎える2030年手前には、奇跡的なエネルギー革命でも起きない限り、老人一人ひとりが人生の遊撃戦に耐えうる「個人力」を必要とされるだろう。

私はインターネットマーケティングに関わる仕事をやっているが、会社で企画、開発の「現場仕事」をすることは、今やほとんどなくなった。しかし、数年間でも現場を離れると、新しいテクノロジーやサービスを肌感覚で理解できなくなる。昨年末、ブログを自分のレンタルサーバに移し、一からApacheやPHPの設定を行おうと考えたのも、危機意識の表れなのかもしれない。

新しいこのブログは、インターネットという「フラットな場」で、還暦を過ぎて一人になっても生きていけるための「日々の筋トレ」のようなものだ。

ところで、仕事始めの1月6日(月)、日本経済新聞の社説を読んで、この姿勢が間違っていないことを確信した。「個人の力で“伸ばす、創る、備える、破る、つながる”」。私にとって還暦に向けたラスト一周のテーマだと思う。

ネット使い個人の力を引き出そう

日本が国際社会で存在感を高めるには、インターネットによる「つながる力」をもっと生かす必要がある。人々の絆が東日本大震災を乗り越える力となったように、新たなつながりが、経済や社会を変える大きな原動力となる。

東京・目黒の元印刷工場。「ハブ・トーキョー」という名の雑居オフィスが今、起業家たちを結ぶ活動拠点になっている。

情報共有で新事業創出

キッチンで交流し、投資家を招いた事業計画の発表会も開催した。日本の出版物をネットで海外に売る新事業など、様々なビジネスがここで生まれつつある。

「コワーキングプレース」と呼ばれるこうした施設は今、世界各地に増殖している。ネットを使い、働く場所を選ばないデザイナーやコンサルタントなどが主な利用者で、彼らは「ノマド(遊牧民)ワーカー」とも呼ばれる。

仕事場だけでなく、関心分野もネットで共有しているため、情報交換の密度が高く、事業化にも結びつきやすい。大企業のような固定化された組織と人間関係からは新しいイノベーションが生まれにくくなったのと対照的だ。

ネットによるつながりは、ベンチャー企業の資金調達にも変革をもたらしている。事業に賛同する個人をネットで集め、資金を直接募るクラウドファンディングだ。美容院などに雑誌を卸す春うららかな書房(東京・中央)は昨年、2200万円を調達した。

安価な3D(3次元)プリンターの登場により、ものづくりの世界でも新風が吹く。企業の工場や研究所ではなく、個人のクリエーターたちが街の雑居オフィスに集う電子工房が誕生している。

東京・渋谷の「コーラボ」では自治体からのグッズ製作の発注を仲間で獲得した。素人が作る雑貨がネットで公開され、流通市場に乗る例も出てきている。組織重視だった日本企業は、ネットによって引き出される個人の力をもっと取り込んでいく必要がある。

ネットが促すつながりは、人々の学びにも変革をもたらす。

米国の大学では「MOOCs(大規模オンライン公開講座)」と呼ばれるネット学習が今、人気を呼んでいる。教室での授業と違い、パソコン一つで誰でも参加できるし、わからない部分があれば繰り返し学習できるからだ。

ネットで知識を習得できれば、大学の教室はその先の議論を戦わす場となれる。一方通行の講義ではなく、学生同士の意見交換により、米国の若者たちの創造力がさらに高まろうとしている。

日本でも東京大学などが授業を英語でMOOCsに公開し、教育の改革に乗り出した。ハーバード経営大学院の日本事務所代表を務めた江川雅子氏は「日本もネットを上手に使っていくことで、若者の創造力や国際性を高めていかなければならない」という。

ネットによるつながりが広がった背景には、フェイスブックなどソーシャルメディアの登場が見逃せない。中東や北アフリカでの民主化運動はネットが促した市民革命であり、スマートフォンの登場が流れをさらに加速した。

規制を壊し社会を変革

米検索大手、グーグルのエリック・シュミット会長は、こうしたネットによる変革が「様々な社会の規制や既得権などを打ち壊しつつある」と指摘し、その原動力は「ネットで互いにつながり合った個人の力にある」と分析する。

日本でもネットの力を政治に生かそうという試みが始まった。昨年夏の参院選から解禁されたネット選挙だ。ソーシャルメディアを使って若者を投票所に誘導し、共和党から政権を奪回したオバマ米大統領の選挙戦が手本だった。

民主党の敗北が見えていた日本では、ネット選挙は期待したほどの盛り上がりはなかった。しかしネットを使い個人の力を集結する場を設けたことで、将来の選挙の姿、政治の姿を大きく変えるきっかけをつくったともいえる。

日本経済はアベノミクスや東京五輪の開催決定を受け、明るさを取り戻した。だが持続的な成長を促すには、それを支える原動力が欠かせない。人々をつなぎ、個人の力を経済や社会に生かせる仕組みづくりが問われている。

伸ばす、創る、備える、破る、つながる――。飛躍の条件をクリアし、日本を変えていきたい。

【日本経済新聞 2014年1月6日付け社説】

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