深町研太氏の工房で古楽器の魅力に触れた

2015年7月30日

深町商店、工房見学
昨日はチェンバロ、フォルテピアノ製作家の深町研太氏の工房を訪問。生まれて初めてクラヴィコードに触れたり、フォルテピアノでモーツァルトを弾いたりと、とても有意義な午後を過ごした。

3月に行われるバロック音楽の演奏会に向けた本番機による練習会で、同じ金子勝子門下の社会人Tさんと二人で参加。交代でチェンバロを練習した。私は練習よりも、深町氏に伺ったチェンバロやフォルテピアノの製作過程のお話にのめり込んでしまった。そのご報告を。

生まれて初めてのクラヴィコードに触れた

チェンバロとフォルテピアノは何度か演奏経験がある。クラヴィコードは弦を「はじく」と「突き上げる」の違いがあるとはいえ、チェンバロの子分のようなものだろうか、と思っていた。実際に弾いてみると、“蚊の鳴くような繊細過ぎる響き”に面食らった。この響きでは合奏は厳しいだろう。一人で家の中で楽しむ、極めてパーソナルな楽器だと思った。

また、チェンバロは初めて弾いても、ピアノがある程度弾ければまがいなりにも音楽になるが、クラヴィコードはそうはいかない。微妙なタッチの違いで弦が鳴ったり鳴らなかったりする。これは難しい楽器だ。小さなトンカチで「でんでん太鼓」をきれいに鳴らすようなイメージだろうか。下は弦を突き上げる小さなトンカチ「タンジェント」。クラヴィコードは、ピアノに比べてシンプルな構造の鍵盤楽器であることがわかる。

深町商店、工房見学
クラヴィコード、蓋を閉じると桐の着物ケースに見えなくもない。ベッドの下に収納しておいて、寝る前にそっと弾いてみるのがぜいたくな楽しみ方だろうか。音も小さいので、防音室でなくても近所迷惑にもならないと思った。

深町商店、工房見学
チェンバロで平均律第2巻のロ短調を2回ほど通した後、工房の奥にブロードウッドというタイプのフォルテピアノがあったので、先日、発表会で弾いたモーツァルトのアダージオ ロ短調 K.540を弾いてみた。

フォルテピアノの革命性に気づく

チェンバロ、クラヴィコードを演奏した後、フォルテピアノを弾くと、まさに響きの強弱をダイナミックに操作できることが、革命的な発明だったことを実感できた。当時の作曲家たちが、こぞってこの新しい楽器のために作曲してみたくなる気持ちが容易にわかった。

また、モダンピアノに比べて音域が狭い(キーが少ない)鍵盤を弾いて気がついたのだが、アダージョのベースが左端ぎりぎりいっぱいに近づいた。当時、モーツァルトは鍵盤の音域を使いきって(左右いっぱいに使って)、この曲を作ったことがよくわかった。きっとドラマティックな楽曲だったに違いない。

深町商店工房見学、フォルテピアノ
演奏した後、深町氏にチェンバロ作り、フォルテピアノ作りについて、工房の道具を見ながら、いろいろとお話を伺った。男子はたいていツール好きだ。工房は、大工道具にあふれた“夢のガレージ”に見える。

まず、私が目についたのがベントサイド(側板)の黒い焦げ跡。これは板をなだらかなカーブに成形するために、ヒーターを使って熱した際の焦げ目とのこと。

チェンバロ、ベントサイド
「これはうまくカーブにするの難しいんじゃないですか?」と素人考えで訊ねると、「接着に比べると、そうでもないです。板を曲げるのはやり直しができますから」と。そうなのか。

で、「一番難しいのは接着ですね。これは一回勝負なんです。とても集中力が必要なんです」とおっしゃる。下は板と板の接着部分。

チェンバロの接着部分
「なるほど、じゃあ、サイズは間違えないようにCADで設計したりするのですか?」と尋ねた。すると「CADは使わないですね。このモノサシ一本です」と、一本の棒切れを目の前に出された。

深町氏のモノサシ
角材の四面それぞれに、鉛筆で線が引かれてある。この棒切れを当ててサイズを測るらしい。「これなら間違いはおきませんから」と。プロフェッショナルの経理はエクセルの関数を信じず、必ず電卓を叩いて検算をしているが、その姿勢に近いかもしれない。

モダンピアノは重工業製品

だいたい一台のチェンバロを製作するのにどれくらいの期間が必要かを尋ねたら、約7か月とのこと。年に2台なのか。かつて河合楽器がチェンバロを量産したことがあったが、今や手作りでしか生産することができないようだ。

古楽器に数時間触れ、製作工程をつぶさに聞いて、帰省の新幹線の中で気づいたこと。それは「モダンピアノは重工業製品」ということ。

ピアノは弦を支える製鋼技術と共に進化した楽器で、チェンバロやフォルテピアノが大工の手作りによる木造家屋としたら、モダンピアノは鉄筋コンクリート住宅なのだろう。だからモダン(近代)なのだ。とすると、ヤマハや河合楽器のアップライトピアノは、ツーバイフォー建築による量産住宅なのかも。

リストの超絶技巧練習曲は、製鋼技術、テクノロジーの進化抜きでは生まれなかったに違いない。19世紀のヨーロッパで製鉄が盛んだった地域と楽器メーカーの工場は何か関連があるんだろうか‥‥なんてことは男性特有の思考なんだろうな。

ハイドン、モーツァルトの古典派ソナタは、機会があればフォルテピアノでじっくり練習してみたいと思った。

深町商店工房見学、フォルテピアノ

追伸:
深町氏に「クラヴィコードってタンジェントのところに、エレキギターのピックアップを付けて、アンプにつなぐと面白いですね」と意見を述べたところ、「1960年代にロックバンドで使われたクラビネットがそれですよ」と深町氏。なんと、キース・エマーソンが弾いていたホーナー社の「クラビネット」は、クラヴィコードの進化形だったのか。知らなかった。


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