ピアノ指導者・永瀬まゆみ先生との一期一会

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永瀬まゆみ先生が亡くなったことを、Facebookで知りました。

訃報:永瀬まゆみ先生(評議員/さいたま音の葉ステーション代表)

私は座右の銘を問われると「一期一会」と答えています。この言葉について、Wikipediaでは下のように説明されてます。

『あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう』と言う意味の、千利休の茶道の筆頭の心得である。平たく言えば、これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい、ということである。

ピアノステップでの出会い

永瀬まゆみ先生の講評永瀬先生との出会いは、まさにこの「一期一会」でした。実際にお会いしたのは一度、直接お話したのは電話で二度。しかし、先生からは「最高のおもてなし」をいただきました。

私が40歳で23年ぶりにピアノを再開したのが2007年。一年ほど自習したのですが、どうしても限界が見えてやはり指導者につかなければと考えたものの、なかなか指導者を見つけることはできませんでした。会社の終業時間とピアノ教室の営業時間が合わなかったことも要因の一つですが、個人のピアノ指導者(大半が女性ですね)は、「中年男性はお断り」されることが多かったのです。確かに(紹介もなしで)男性を一対一で自宅で教えるのは、女性にとって気が引けるのは当然ですね。

そんな中、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)が運営する、演奏のアドバイスがもらえる公開のステージ「ピアノステップ」の存在を知り、一度、見学の後、実際に参加してみることにしました。

ピティナのステップ見学(2007/11/18)
初めてのPTNAステップレポート(2008/2/11)

場所は与野のさいたま市産業文化センター。この日のアドバイザーの一人が永瀬まゆみ先生でした。

演奏したのは、ベートーヴェンのピアノソナタ 作品49-2。初めてのピアノステップだったので、子供の頃に弾いた楽曲を選びました。上の写真が永瀬先生の講評。このようにコメントが書かれていました。

【第1楽章】
大変クリアな音質のよい音と、細部まで気持ちの行き届いた演奏で楽しく聴かせて頂きました。ミスにも動じず、大人の余裕を感じました(笑)。変化もよく考えられていました。もう少し音価を正確に弾いてほしいところと、もう一歩踏み込んだベートーヴェンらしい様式感が出てくると、とてもすばらしいと思いました。

【第2楽章】
魅力的な音です。メヌエットらしいエレガントさと軽快さも演出できました。やはり、ベートーヴェンらしい古典派の様式感を工夫されるとよいと思います。大変魅きつけられる演奏です。また聴かせてください。

講評を読んで、「音価ってなんだろう?」「ベートーヴェンらしい様式感って?」という疑問と共に、「やはりちゃんと指導者に習わないとダメだ」と確信するに至りました。

永瀬先生との電話が、師匠と出会うきっかけに

翌日、メールでピティナの本部に連絡をしました。本部のスタッフに「いただいた講評の“音価”の意味について、もう少し教えていただきたい」という旨を伝えたところ、「永瀬先生より『夜、電話いただけますか。詳しく説明します』」というお返事をいただき、ご自宅にお電話をしました。

先生は、まず「音がホントにきれい!」と褒めていただいた後、「もう少しわかりやすく書くべきだったわね」と音価について詳しく説明してくださいました。

それから、ピアノの指導者が見つからなくて困っていることを述べた後、単刀直入に「先生、私を教えていただけませんか?」とお願いしました。先生の教室は、自宅からも近く休日なら通いやすいと期待したのですが、生徒がいっぱいで多忙を理由にお断りされました。その代わり「責任を持って、指導者を紹介する」と約束いただいたのです。

一昨日のPTNAの先生と電話で話す(2008/2/13)

当時の日記を読み返すと、夜10時を過ぎてから、結構長電話に付き合ってくださったんだな‥‥。

で、翌日、永瀬先生より電話があり、「某音大教授に紹介したから」と。それまで、さんざん中年男性を理由に断られ続けたので、「紹介があると、こんなに違うのか!」と舞い上がりました、ただ冷静に考えて、こんなことも日記に書いています。

先生のご推薦(2008/2/14)

大人になると、あらゆることに期待しすぎなくなる。舞い上がりすぎて、後で落ち込むのはしんどい。恋愛もそうですね。

この頃の日記を読み返すと、家に古い電子ピアノしかなく、教えていただく指導者もおらず、語り合えるアマチュア仲間もおらず、ピアノをやるのに手詰まり状態だったんだな、と苦笑いしてしまいます。

その後、ご紹介いただいた某音大教授は、最初のレッスンで「あなたの目標はなんですか?」という質問に対して、私は「え、目標ですか? 目標は『うまくなりたい』です」とお答えし、「私は、音大受験とかコンクールとか目標のある生徒しか教えないので」とまたもお断りされました。落ち込んでいたところ、最後にたどり着いたのが我が師匠・金子勝子先生でした。

今でも、永瀬先生が電話ごしに「音がホントにきれい!」とおっしゃっていただいた声が耳に残っています。うれしかった。

1枚の講評が私の40代を変えた

実は昨夜、ピアノ指導者としてデビューしたての門下の女性と食事をし、上の経緯をお話したところでした。「まぁ、永瀬先生のステップに参加したのが、金子先生との出会いのきっかけだったよ」と。そして、翌日に訃報を知ることになるとは‥‥。

彼女にこんな話もしました。「男性が40歳を過ぎると、“仕事”と“家庭”の二本足で立つのはなかなかしんどいんだよ。どうしても、立ち続けるのにもう一本足が必要になる。僕の場合はピアノだった。それがギャンブルの奴もいれば、不倫の奴もいる」と。

三本目の足を得るきっかけをいただいたのが、ステップでの永瀬先生のアドバイザーコメントだったと思います。

今日、彼女にこんなメールをしました。

指導者というのは、素敵な仕事であり、重い仕事ですね。
たった一つの講評が、人の人生を変えてしまうのですから。

 
アールンピアノコンペティション賞状それから、1年後、もう一度、永瀬先生にお会いする機会がありました。アールンピアノコンペティションの全国大会でした。永瀬先生は師匠と共に審査員を務められているので、お姿は拝見したものの、お話することはありませんでした(コンクールの審査員ですので)。

アールンコンクール全国大会報告(前編・2009/3/29)
アールンコンクール全国大会報告(後編・2009/4/4)

ただ、コンクール後、次のレッスンの際、師匠から「永瀬さん、あの人、とても上達しましたね、と驚いてらっしゃったわよ」という言葉をお聞きしました。

永瀬先生とお会いしたのはそれきりでした。

『あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう』

「ご冥福を祈ります」なんて言葉はあまりにありきたりすぎて、言いたくありません。

ただただ、先生との一期一会に感謝いたします。