「ヒカリエがきらいだ」を読んで思ったこと

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渋谷ヒカリエからの風景
10月から、週に2回はパートナー会社との打ち合わせのため、渋谷ヒカリエの最上階に出かける。打ち合わせが終わって帰りがけ、下りエスカレーターの待ち時間、そばの窓からいつも外の風景を眺めてしまう。上の写真は代々木公園方面を眺めた風景。真下を見ると足がすくむ。

昨日、こんなブログ記事を発見した。

ヒカリエがきらいだ(質素日記)

都会は、見えなくてもいいものがいくらでも目に入ってしまう。

ちょっと麻布の方に行けばいかついスポーツカーが走ってるし、新宿なんかにはその辺で寝てる人だっている。

これは、田舎では見なかった光景だ。

田舎はいい意味で余計なものが目に入ってこない。綺麗な高層ビルに入ったオフィスも、社員証をかざすだけで通れる改札みたいなやつもない。まぁ、これは僕が見たことがなかっただけかもしれないが、関係者以外見ることが不可能なら、それはそれでいい。

でも、ヒカリエはそういう明らかに違うであろう人たちを嫌でも見ることになる。10階まではまだ大丈夫だったのに、11階になると途端にそんな感覚に襲われる。

18歳、高校3年生の冬、大学進学も決まっていたので初めて東京に出かけた。表参道、上野、千駄ヶ谷(なぜ、千駄ヶ谷なんかで降りたのか覚えていない)、いずれも故郷の大阪にはない「何か」を感じた。大阪は日本で一番大きな田舎だと思った。

上の記事を読んで、そんなことを思い出した。

でも、このブログ主が思うほど「素敵な環境」ではない。目の前のタスクに追われて、外の景色なんて見る余裕はない。「天空の牢獄」に見えなくもない。

眺めのいいビルと眺めのいい山と(2014/9/6)

そして、今日も目の前のタスクに追われている。